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2007年2月27日 (火)

松坂 オルティスに力投!

松坂が二冠王D.オルティスらと“対戦”

2007022705056288jijpspothum001small メジャーキャンプで順調な仕上がりをみせるボストンの松坂が2度目のフリー打撃で粋なピッチングを展開した。1度目の打撃練習でのピッチングはマイナー選手を相手に格の違いをみせ、「日本のエース」WBCチャンピオンチームのエースとして〝凄さ〟の片鱗を見せつけた。

今回は、メジャークラスのタイトルホルダーだけに地元、そして日本のマスコミが注目した。

ボストン・レッドソックスの松坂大輔投手は26日、今キャンプ2度目の打撃練習に登板。昨季に本塁打と打点のア・リーグ二冠王に輝いた指名打者デビッド・オルティースら主力相手に54球を投げ込んだ。『AP通信』が同日付で報じている。

この日に松坂が対戦したのは、昨年に54本塁打、137打点をマークしたオルティス、キャンプ初日のマニー・ラミレス外野手、オフにロサンゼルス・ドジャースから加入したフリオ・ルーゴ内野手、昨年まで中日ドラゴンズでプレーしていたアレックス・オチョア外野手など。

お互いにチームメートで良かったというのが実感ではないだろうか。ボストンファンにとってはこの上ないテストであり、松坂の順調な仕上がりぶりがうかがえる。

昨年も春先のWBCの関係で通常よりも早めの仕上げをしていたが、今シーズンも昨年とほぼ同じペースで調整しているのではないだろうか。
だいたい、松坂はコンディションの調整が上手くて調子が悪いというイメージがあまりない。

まあ、才能の器が大きく、「悪いなりにまとめる投球」を組み立てることができるので、いつも好ピッチングをしている印象があるのかもしれないが、この印象というのはエースという意味では重要な事であり、相手打者が松坂に持つ印象というのが対戦する意味合いでは心理的に大きく影響する。

だからチーム打撃とはいえ、メジャーの他のチームがマスコミを通じて情報がキャンプ情報として広まるため、マスコミ対策として「ねじ伏せる印象」をボストン側から発信するにこしたことはない。

日を追う事に「楽しみが増していく・・・」そんな松坂の打撃練習でのピッチングだ。

2007年2月24日 (土)

中村ノリ 中日内定!

ノリ、フルスイング 紅白戦 無安打も合格か

2007022400000005dalbasethum000 中日の入団テストに挑んでいる前・オリックスの中村紀洋が紅白戦に9番・DHで先発した。4打席でノーヒットに終わるも持ち前の「フルスイング」は鋭く、他球団のスコアラーも絶賛するほどであった。

中日の球団のフロントとしては「現場の判断にまかす」ということは概ね「合格」ということになったのではないだろうか。正式発表は25日、落合監督から公式発表されるだろうけど、とりあえず中村サイドは「ほっ」としているであろう、契約交渉でもめた挙げ句〝行き場〟を失いかけていたところでの中日内定、気持ちが少し上向きになっていくと思う。
野球ができる環境に身を置くことができる幸せを実感していると思われる。

中村ノリ本人は、この紅白戦では、
「打ちたかった」。入団テスト最終日、紅白戦とはいえ運命を左右する大一番。
「足が震えました」という中村紀は、4打席で1四球のみの3タコ。
『H』のランプは、ともらなかった。

 「今の段階で、自分の力の100%のスイングはできました。結果が出なかったのは、ショックはショックですが…」

当然であろう、野球人しかも打撃を生業としているノリとすればどんなカタチでも1本、いや2本、ヒットが欲しかったであろう。欲を言えば豪快なアーチを1本出れば、本人としては「ツイている」という精神的高揚感をもってテストを終えることができたに違いない。

昨年8月以来となる実戦の舞台。昨季13勝の朝倉と対戦した第1打席は右飛も、4連続を含むファウル6本。

10球も粘った。「前に飛ばなくてすみません」とつぶやいたら、捕手の谷繁が「一線級相手に、これだけ粘って大したもん」と逆に励まされたという。

その後も、2つの捕邪飛と1四球と無安打に終わったが、それでもネット裏の007の目には、“脅威”と映った。

また、西武・片平編成部長も「内容は全然悪くないね」。と太鼓判を押したという。捕邪飛にも、ボールを呼び込めていると評価し「いい打者は、打つポイントが前になってくる。仕上げていく課程として、現状は非常にいい」ということらしい、実際に球を呼び込めているのは才能の領域であり、2月のこの時期に呼ぶ込むカタチができているのは「臨戦モード」ということなのである。要するに「やる気十二分」ということの現れである。

また、巨人・原田治明調査室室長も、オリックス時代の春先の状態と比較し、「体つきも締まっている。選手枠の問題だけでしょう」とライバルたちから先に“合格確定”をもらった。

絶賛するのなら巨人、西武も育成枠の獲得を検討するのか。

とにかく、25日中日・中村が誕生するであろう!

2007年2月22日 (木)

松井キャンプイン

2007022100000000ykfspothum000 松井2007キャンプ好スタート!

フロリダ州タンパではヤンキースの松井秀喜外野手が5年目のシーズンに向けてスタート。ロドリゲス、ジアンビらと組んでフリー打撃を行い、29スイングでフェンス越えは4本。

「毎年この日は、新鮮な気持ちになるし、ユニホームを着てグラウンドで野球をするのはいいなという感じです」と心地よいコメントがコンディションの良さを物語っている。

今季からベンチコーチに昇格したドン・マッティングリーは、「3割、100打点、25本塁打以上を期待している」と具体的な数字を挙げているし、それだけ松井の動きにキレがあるということであろう。


実に良い感触といえるのではないだろうか。
チームメートのも今シーズンから宿敵となるボストンの松坂攻略方法も伝授するつもりらしい。

松井が「彼のピッチングスタイルはよく理解しているし、彼の情報はチームメートに話すつもり」と松坂攻略のアドバイスを行う意思があることをニューヨーク「デイリーニュース」が報じた。ボストンのローテーションの一角を担う『日本のエース』をどう攻略するのかが、プレーオフ、そして念願であるチャンピオンリング獲得へキーポイントとなってくる。

しかし、この時期でこれだけ日本人メジャーリーガーのことが話題になるのだからシーズンインするとどうなるのか。今はキャンプ、練習なんである。トレーニングの時点でこの盛り上がりはメジャーファン、ヤンキースファン、そして松井秀喜のファンとしては悪い気はしない。ただ、シーズンインとなると予想をはるかに上回る日本の取材陣が殺到しそうである。

勝負は「シーズンイン」4月だ!

2007年2月20日 (火)

東京マラソン

花の東京を3万人が駆け抜けた!

09cedf51.jpg初の都市型ビッグ市民マラソン、「東京マラソン」はジェンガが優勝、ラストランとなった有森は5位。
     


新宿都庁前-東京ビッグサイト(42・195キロ)という東京観光的な(折り返し回り)コースはプロランナーにとってもペースが掴みにくいコースいわれている。
しかし、Tokyoを駆け抜ける一般ランナーは周囲の風景とともに「東京」ということをさらにインプットする絶好のマラソンと言えるかもしれない。

 そんな注目の「ビッグシティ東京マラソン」、男子はダニエル・ジェンガ、
 2位は佐藤智之(26=旭化成)で2時間11分22秒、3位は入船敏(31=カネボウ)で
 2時間12分44秒。
 

 また、有森の走りが注目された女子は初マラソンの新谷仁美が2時間31分1秒で優勝した。引退レースとして臨んだ有森裕子は2時間52分45秒で5位の走りをみせフィニッシュ、走り終えた後に深々と頭を下げていたのが印象的だった。
 〝一億総ランナー〟とも言われるほど定着したマラソン。そのなかで、期待と不安を合わせもった約3万人のランナーが走る日本初の大規模都市型マラソン、東京マラソンは18日午前9時すぎ、東京都の石原慎太郎知事の号砲で西新宿の都庁前をスタート。

一般のランナーにとっても「期待の」「注目の」フルマラソン、エントリー数がその期待と注目を物語っているといえまいか。



 フルマラソンは皇居、東京タワー、銀座、浅草など「TOKYO」、都心の主な観光スポットを巡り、臨海副都心の東京ビッグサイトにゴールする。魅力的でもあるコースであり完走の制限時間は7時間。
都内各所ではコースの道路が最大で6時間半もの長時間にわたり「封鎖」され、銀座は目抜き通りが通行禁止に、浅草の雷門前は折り返しコースに囲まれた地域が「陸の孤島」に。フルマラソンのほかにも、10キロや車いすのレースが実施され、都心を大勢の参加者が駆け抜けた。


ニューヨークシティマラソンに匹敵するようなメジャーイベントへ・・
雨のコンディションながらランナーの思い入れある走りっぷりがマラソン大国を象徴している。

2007年2月18日 (日)

桑田 「52」番 夢へ始動

ルーキー桑田 歓び味わいキャンプ・イン!

04c3a3fe.jpg桑田 38歳の挑戦!

アメリカメジャーリーグのパイレーツとマイナー契約した桑田がキャンプ初日を迎えた。アメリカでの野球は「子供の頃からの夢」だと思う。本人は口にしないだろうが、きっと子供の頃も「メジャーリーグへの憧れ」は相当なものであろうと想像できる。才能溢れる野球少年であり、野球の情報収集も並外れているため「甲子園」からプロ野球、そしてメジャーへと考えていたのかもしれない。

38歳のメジャー挑戦。
確かに年齢的に「キツイ」という下馬評もあるが、38歳のルーキーがアメリカで成功すれば日本の野球レベルがまた評価されるというものである。しかし、それより桑田本人が語っているように〝年齢〟は関係ない。



江夏 豊氏がミルウオーキー・ブリューワーズへ挑戦したのは確か36歳だったように思う。スプリングキャンプ、その後のオープン戦最後の最後で打ち込まれメジャーの門が閉ざされた。
当時も日本から多くのマスコミ陣がキャンプ地へ乗り込み、江夏氏の投球の詳細を克明に伝え、日本の野球ファンのみならず野球を知らない江夏ファンのおばさんまでもが「メジャー挑戦」に一喜一憂した。



その思いが桑田のメジャー挑戦とオーバーラップする。左と右の違いはあるが
卓越した投球術、縦に落ちるカーブ、そして針の穴をも通す精緻なコントロール、
また、マウンド上での「度胸」と似たスキルである。



スターター、セットアッパー、ワンポイント、何でもいいから桑田にはメジャーのマウンドを踏ませたい。
松坂や井川のような150キロの真っ直ぐで勝負するのも注目だが、トータルバランスの良さで「何とか勝負」する「野球センスの塊」の桑田がアメリカでどう評価されるのか、これからの一日、一日が楽しみになってきた。

2007年2月16日 (金)

井川  クール!

2007021605031857jijpspothum001small メジャー井川、落ち着いたキャンプイン!

ヤンキースの井川が4日に早々とキャンプ地であるフロリダ州タンパ入り。その後もタンパで自主トレを続け、この日ついに名門ヤンキースの一員として本格的なスタートを切った。初ブルペンでは主力捕手のポサーダ相手に軽く40球を投げた。

メジャーのキャンプはそれぞれが目的意識をもって「キャンプ・イン」する。井川にとっては全てが初状態。昨年の阪神キャンプではブルペンで投げ込みをしていたではないだろうか。実際に日本では早いところでは紅白戦を行い実戦の感覚を試している。

楽天期待の高卒ルーキー田中は紅白戦にプロ初登板し「プロの洗礼」を2発食らっている。この時期は安打や本塁打を被安打されたと言っても気にすることではなく、「どれだけ球が〝いっている〟のかが注目される時期である」。

といっても毎日、キャンプのネタを探しまくるマスコミは「被弾」、「ノックアウト」と見出しを付けるのが当然のことであろる。読者も「何か動き」を待っているため、書かざるを得ない。

そのファン心理はアメリカメジャーリーグまで及び、日本人メジャーリーガーが「何したこうした・・・」とかく詳細に生伝わってくる。一昔前ではあり得ないことも日本に居ながらにして逐一伝わってくる。

野球ファンにとってはこの上ない興味であり、TV(テレビ番組)では報道・スポーツとメジャーキャンプ地から生中継をしながら日本人メジャーリーガーの一挙手一投足を事細かにリポートしていく・・・

まるで「メジャーリーグショウ」を見るかのような生中継である。
スポーツエンターテインメントとすれば「ザ・MLB サムライ 新人」といったところか。
今日井川が何を食ったとか、どこへ行ったとか、誰と話したとか、・・・そんなことまで伝わるようになる。

野球好きニッポン!
かくいうボクも毎日「野球を楽しんでいる」
やはりファンも選手もマスコミの舞台裏もスポンサーもベースボールが待ち遠しいのだ。

2007年2月13日 (火)

中村ノリ 中日キャンプへ!

中村が中日入団テスト

オリックスを自由契約になった中村紀洋内野手(33)が沖縄で行っている中日のキャンプに参加し、入団テストを受けることが12日、分かった。 中村はキャンプ第3クール初日となる15日から練習に参加する予定。伊藤一正球団代表は「監督、フロントが話し合い、一致した意見。支配下選手か育成選手のどちらかで検討する」と話した。

どうなるのか。と不安定な状況が続いていたノリに「暗闇の灯」が見え始めた。
アメリカメジャーリーグ「ツインズ」からのマイナー契約、キャンプ招待選手としてのオファー、日本ハムの獲得検討など。ノリの今後へ向けて色々な情報が交錯していたが、ここにきてようやく「プロ野球選手」として打席に入るチャンスが出てきた。

一人キャンプを張る中村紀洋に「春の便り」が届きつつある。中日からの育成枠で活躍すれば、1軍登録、そして代打で活躍すれば・・・というストーリーが描ける。
ひとつ、ひとつ、「いい知らせ」がくると本人にも精神的な支えが少しづつ太くなりつつあるのではないだろうか。

しかし、理解しづらいのは中村ノリがいたオリックスの動きである。〝大砲〟を求めて
元巨人、その前は近鉄で大活躍したタフィー・ローズの獲得に動いているという。
それなら、ノリを〝もとさや〟に戻すのが得策なのではないのか。
そこは交渉のプロ、オリックス。様々な目論みがあると思われるがいちプロ野球ファンとしては「なんで?」と思ってしまう。

そんな状況も何かノリの動きに関連するもので、近鉄の「縁」というものなのかもしれない。
とにもかくにも「フルスイングの魅力」が復活するのを期待したい。

2007年2月12日 (月)

カズ、桑田、工藤 そしてロマーリオまでベテランの凄み

40歳前後のトップアスリートの凄さ

元ブラジル代表のFWのロマーリオが10分間でハットトリックを達成する凄さを見せつけた。

 現地時間11日に行なわれたブラジル・リオデジャネイロ選手権で、ヴァスコ・ダ・ガマに所属する元ブラジル代表FWロマーリオが、わずか10分間でハットトリックを達成した。
(ロイター通信)

ヴァスコ・ダ・ガマに、先月復帰したばかりのロマーリオ。41歳を迎えた現在も、目前に迫っている通算1000ゴール達成に向けて健在ぶりを見せ付けている。


そして、もうすぐ40歳を迎えるキング・カズも今年初ゴールを決めて、不惑のシーズンへ向け好スタートを切った。

今季からJ1へ昇格した横浜FCは10日、熊本のKKウイングでJFLのロッソ熊本と今年初のプレシーズンマッチ(PSM)を行い、FW三浦知良(39)が試合終了間際に勝ち越しゴールを挙げた。

26日に40歳になる最年長Jリーガーは、横浜Mから移籍した元日本代表FW久保竜彦(30)の加入もあり、今季は原点である左サイドで起用される見込み。古巣で水を得たキングは今季、J1日本人最年長ゴール記録に挑戦。

そして横浜の工藤は43歳、そして、パイレーツとマイナー契約して「夢」へ挑戦する元・巨人の桑田は38歳、アスリートとしての体力的なピークは過ぎているが「思考」「経験」「駆け引き」では今が最高とベテランアスリートは実感しているのではないだろうか。

確かに、経験による状況判断は若いアスリートの比ではない。もう、監督になってもいいほど経験は積んでいる。頭の中は「監督」そして肉体は現役アスリートだから今がベストなのかもしれない。

以前、「カリオカ・ ラモス瑠偉」引退する時に言っていたこと、
それは「サッカー神様は不公平だよ。サッカーが面白くて、面白くて、今なら凄いことも、チームのことも全て理解できるのに体が衰えていく・・楽しいのに、もっとやらせてよ」

これは、経験による引き出しが多くて、面白さも倍増しているのに体力面の衰えでプレーできなくなったジレンマを表している。

スポーツ年齢とよく言うが、科学的なトレーニング、栄養学、そしてメンタルの強化、
など複合的な要素でプロのアスリートのキャリアが長くなっている。
もちろんこれはアマチュアにも言えることで、一昔前なら50歳でサーフィンなど考えもできなかったであろう。

2007年2月11日 (日)

定年! 辰吉丈一郎

37歳定年。

これプロボクシングの世界のこと。
ボクシングの世界にも定年がある。なぜ37歳なのか、

しかし、37歳で定年らしい。この〝定年〟を目前にもがいているのが元世界王者の辰吉丈一郎である。

元WBC世界バンタム級王者の辰吉丈一郎(36=大阪帝拳)が、5月に「ボクサーの定年」の37歳を迎える。実際、周囲には引退を勧告され、試合の見通しが立たない厳しい状況だ。それでもなお、現役であり続ける。黙々と練習をこなし、国内初の3度目の世界王座返り咲きに執念を燃やす。
と日刊スポーツに掲載されていた。


辰吉は過去3度WBCのチャンピオンベルトを締めているのだが、「もう、ええやろ」というのが周囲の声、1回でもチャンピオンになるのは至難の業なのに、3度、しかも網膜剥離からの復活もあり、
個人的には「辰吉のラジオドキュメント」の構成もし、スポーツ番組で全盛期の辰吉を取材しその「凄さ」を知っているので、複雑ではある。
世間の「もう、十分いや十二分です」。という声もわかるが・・・

本人はチャンピオンになって勝ったまま「引退」という花道を描いているらしい。

日本のプロボクシングには定年37歳という壁があり、アメリカのように42歳で世界チャンピオンに挑戦とか、キャリア20数年とかのファイターが存在しない。

アメリカのヘビー級なら元世界チャンピオンのジョージ・フォアマンが40歳を過ぎてもリングに上がりファイトしていて、それが凄い人気となっていた。

定年がなければ「40歳の辰吉」を見てみたい。

2007年2月 8日 (木)

バリ?ハワイ?いや冬のサーフィン

極寒のサーフィン

真冬の波乗りとは・・・・・

サーフィンというと夏のイメージ。と広告制作やテレビ番組関係者は判で押したように口を揃えて言う。

本当にそうなんだろうか。
今でも「真冬でもサーフィンするんですか?」とサーフィンのことを全く知らない人からよく聞かれる。そんな時は「最近はご無沙汰ですけど。若い頃は冬も海へ行ってましたよ」と決まり文句のごとく答えていた。


しかし、秋から冬にかけては日本海のサーフシーズンだし、島根、鳥取、福井、
京都と日本海のサーフポイントは誰もが驚くような素晴らしい波が立つ。
だから日本海のサーファーにとっては冬はオンシーズンだ。だから「冬でもサーフィンするんですか」は愚問となる。


いや、冬だからこそサーフするのだ。1年でもっともクラシックな波が立つのが冬、目の前で〝面ツル〟の波がブレイクしていたら入るでしょ、サイズも肩から頭で、
セットの間隔もそこそこあって、ショルダーも長い波ならやるでしょ・・・


今は(20年前)と比べるとウエットスーツは格段に進歩し、保温性は抜群になっている。まあ、その頃のウエットを着ていないのならその違いは比べようがないのだが、とにかく今のウエットスーツは温かい。そして柔らかい。これなら冬の海も入れるな。と思えるほどだ。


岩手、青森、秋田、・・・良い波がセットで押し寄せている。
寒く、グレイの雲が低く垂れ込めていて、海も鉛色になり気持ち的に落ちるかもしれないが、海へはいるとなぜかクリアになり波を追い求めてしまう。だから冬もサーフできるのであろう。


寒ければ寒いほど記憶に残り、数年たった後も「あの時は・・・」とサーフ物語を語ることになる。そんな心地よい思い出になるのが
「冬のサーフィン」である。

2007年2月 5日 (月)

ヒンギス美しく復活V

1bf6534c.jpg世界ランク トップテンの実力!


 女子テニスの東レ・パンパシフィック・オープンはシングルス決勝を行い、元世界ランク1位で第2シードのマルチナ・ヒンギス(スイス)が、第5シードのアナ・イワノビッチ(セルビア)を6―4、6―2のストレートで下し、大会史上最多となる5度目の優勝を果たした。ヒンギスは1997年、99年、2000年と02年にも同大会で優勝している。
 ヒンギスにとっては、これで2006年のツアー復帰以来3度目、キャリア通算43度目のシングルス優勝となる。


昨年の『パンパシ』では招待選手としてスポンサー枠で出場したヒンギス。特別というカタチで復帰をかけてのツアー参加だった。しかもランキングは100位台で、ルーキー並みのランキングでの登場だった。ツアー復帰、そしてヒンギス復活を期待された昨年では準優勝、「さあ、復活ストーリーの始まり」という印象づけた大会だった。だから親日派のヒンギスにとってはゲンの良い場所、大会となっていたであろう。


そして1年後の東レ・パンパシではランキングもトップ10以内で出場し見事優勝!
ベテランの美しいテニスにファンは魅了された。
ヒンギス自身もカムバックする前よりも今の方がテニスが上手くなっている。と実感できるほど自分自身を見据えている。言い換えれば修羅場をくぐり抜け〝余裕〟のテニスになってきている証でもある。

パワー全盛の今のテニスにあって、ヒンギスの巧さは秀逸で奥の深さを感じさせてくれる。そんな「味のあるテニス」を好むファンは多く
一度はバーン・アウトしかけた元天才少女は、テニスの歓びをコートで表現する大人のプレイヤーとしてこれからも素晴らしいテニスを見せつけてくれるに違いない。

2007年2月 3日 (土)

中野友加里 アジア冬季で金

中野友加里が逆転金メダル

ca97bf9a.jpgフィギュア女子、冬季アジア大会で中野が金メダル!

圧倒的な勝利を納めると予想されていた女子フィギュア、村主と中野の金メダル争いとなったが中野に栄冠が輝いた。

[2日 ロイター] 中国・長春で行われている第6回アジア冬季競技大会は2日、フィギュアスケート女子のフリー・プログラム(FP)を行い、ショートプログラム(SP)2位の中野友加里が合計162・38点で優勝した。
 SP首位の村主章枝が2位、沢田亜紀が5位だった。
という結果から・・・


女子フィギュアは世界でも最高レベルにある日本女子、国内大会(日本選手権)を制す者が世界でメダルを制す、と言われるほどレベルの高さは世界的に認知されている。荒川の金メダル獲得から「もの凄い勢い」で世界の銀盤に君臨する日本女子フィギュア陣である。今回のアジア大会で金メダルに輝いた中野、惜しくも銀メダルになた村主たちのレベルは桁違いであり、世界のトップスケーターとして、浅田真央、安藤美姫、そして中野友加里が3月20日から開催される世界選手権(東京開催)へ出場し、「金メダル」をねらう。


今まではにない高レベルになったのは、長年の海外へのアピールが功を奏してきたことがあげられる。その象徴がトリノ冬季五輪の「シズカ 荒川」の金メダルであり、
その「日本のレベルの高さ」を世界の審判たちへ訴求した効果は絶大なのである。


もともと、「人が人をジャッジする。採点競技」のもつ宿命は、「凄いアスリート」として時間をかけて世界へ認知させる仕事がある。
だから「彗星のごとく現れる」ことは皆無に近い。結果的にシニアで「シンデレラガール」のように報道されるが、その背景にジュニア世代での世界大会での活躍が絶対条件になっている。


その、ひたむきな努力と育成の戦略をニッポンフィギュアは継続してきたからこそ
今の栄華があるに違いない。
スポーツを愛する一人としてこの「トップレベル」をもう少し満喫していきたい。

2007年2月 1日 (木)

斎藤 佑樹 野茂二世?

ハンカチ王子の球威はトルネード級? 

2007011400000009maipspoview000_1
早実・斎藤佑樹投手(18)は30日、東京・西東京市の早大グラウンドで早大野球部の練習に参加。投球練習を見守った早大・応武篤良監督(48)が、88年ソウル五輪の同僚・野茂英雄投手(38)に例えて絶賛した。2月2日から捕手を座らせる予定の斎藤は、徐々にその右腕を仕上げていく。という予定とか。


 東伏見の早大グラウンドのブルペン。
『捕手を立たせたまま50球』を見守った応武監督の声が、興奮で思わず上ずった。

 「捕手に近いところで(斎藤のボールを)見ていたんですけど、野茂の球に近いですね。ズドーンと重そうな球が来る。フォークもビシビシきてましたよ」


 アマ野球の世界レベルを知る指揮官が、最大級の評価だ。
新日鉄広畑時代、捕手として88年のソウル五輪に出場。
当時の日本代表エースで、実際に自分がボールを受けた20歳のときの野茂と、現在の斎藤とを重ねあわせ齋藤の球威に感心したということ。


齋藤はとかく甘いマスク、そしてブルーのタオル地のハンカチなど「ソフトな面」がもてはやされることが多かっただけに、この応武監督の「野茂の球に近い」発言は
意外性があって想定外だった。そうか、ルックスのイメージからはキレで勝負する球かと勝手に想像していたが、全く逆で重い球質というから神宮でもますます期待がかかる。

もともと低めのコントロールはいいほうだからそれでいて「野茂の球質」なら大学野球どころかメジャーで二度のノーヒットノーランを達成するような凄い投手へ成長してくれそうだ。

ハンカチ野茂?
4年後にまた争奪戦が繰り広げられる。

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