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2008年1月31日 (木)

ハンドボールの夜明け!

3点差は何ダ!

「中東の笛」。ハンドボールの北京オリンピックアジア予選での「なんじゃそりゃ」のすったもんだの挙げ句のやり直し予選、中東は不参加・・・・結局韓国と日本との一発勝負で北京行きの切符をかけての一戦となった。

一度無くなったチケットがもう一度狙えるかもしれない。「うっそ~」「めっちゃラッキー」
と思うのか、ええんんかなあ・・・と思うのか。勝てば北京、負ければ過酷な世界予選、誰がみても東京代々木で開催される韓国vs日本の一戦に勝ち「北京へ上がり!」となるほうがいいに決まっている。

中東がどうのこうの言ってる場合じゃない。
と思いながらbs観戦を決めてモニターの前に陣取った。こちらにも緊張感が伝わるいいムード、やはり崖っぷちの五輪予選はいい。これがスポーツの醍醐味というのを嫌と言うほど味わえるではないか。

ハンドボールは1点、1点を丁寧に積み重ねていくボールゲームで試合を見る側とすればバスケットボール観戦に共通するものがある。豪快なジャンプシュートで1点を取り、相手ボールの展開の時、必死のディフェンスで防ぐと活路が見えてくる。

シュートチャンスも多く「ガッツポーズ」を何度も楽しめるのがすこぶるいい。
日本-韓国戦は25-28のスコアだから少なくとも25回のガッツポーズで「よっしゃ~」と拳を握りしめ興奮することができた。

そして日本のゴールキーパーのファインセーブでまた「よっしゃ~」のガッツポーズだ。

このエキサイティングなスポーツがどうしてマイナースポーツなのか以前から疑問に思っていた。派手なシュートにスカイプレーなど、観客を魅了するプレイはふんだんにある。
ましてや現日本代表にはすこぶるルックスの優れた宮崎選手がいるので条件は整っている。これで一気に北京へ!

しかし、現実は厳しく実力的に一枚上の韓国が3点差で勝利し「北京行き」を決めた。
日本代表が勝てた試合だった。と思う、それだけに悔しい。

しかし、ハンドボールが見るスポーツとしても十二分に楽しめるスポーツであることは今回のやり直し予選で感じた人も多いのではないだろうか。

こうなれば〝茨の道の世界最終予選〟に何としても通過し最後の最後で北京へのチケットをもぎ取ってほしい。

2008年1月28日 (月)

福士 30㌔で失速

マラソンの難しさ、しかし美しい走り

2008012700000050maispothum000 大阪国際女子マラソン。北京五輪出場をマラソンで目指す陸上長距離、トラックの女王福士加代子は持ち前のスピードを生かしスタート直後からトップに立ち、美しい走りで5㌔、10㌔、そして25㌔と快調に大阪の街を走り続け、見る者を魅了する見事なフォームで走る芸術を感じさせた。

しかし・・・30㌔を過ぎた地点からスローダウン。ガス欠のようにスピードが落ち後続に飲み込まれてしまった。マラソンという勝負の厳しさ、そして福士という希有な才能を持つランナーの凄さを見せつけたシーンが迫ってきた。

普通ならスローダウンした地点でリタイアする、しかしジョギングのようなスピードになっても、また歩くようなスピードになっても、そして何度となく転倒しながらもフィニッシュ。初マラソンで福士のランナー魂を見せつけたレースであった。

2008年1月24日 (木)

桑田Jr 桜美林合格

名門高校から甲子園へ!

S2007122011kuwata 桑田真澄投手の長男・真樹さんが野球の名門校・桜美林高校への進学が明らかになった。
親子でPL学園じゃないのか。でも野球をやりなおかつ名門高校から甲子園を目指すのは野球ファンとしても微笑ましくみることができる。
あの桑田の息子がもう高校生か、しかも野球で甲子園を目指す。いいねえ、親父の桑田とすればホントに嬉しいんじゃないの、一番好きな野球を本気でヤルというメッセージを息子からプレゼントされたんだからね。

その真樹クン、体格はもうすでに180センチ近くあり親父の桑田をよりも大きくて将来が楽しみだ。今は外野を守っているらしくて〝打者〟としてのセンスを親父も桑田も高く評価しているらしい、目指す理想型はイチローとか。

そうなれば親子でメジャー対決も・・・最短で4年後に実現だ。桑田43歳となるなんとかなる年齢じゃないかな、そうなれば野球人として幸せの極地だろうけどね。

しかし、高校野球に所属すると親子でもキャッチボールができなくなるという、これはプロ協定で親子でも直接プロ野球選手がアマチュア選手を指導することはできないというもの。不思議だねえ、まずはこのプロアマ協定を撤廃することが優先されるかも・・・

そんなことよりも楽しみな、桑田ジュニアだ。

2008年1月17日 (木)

勝っても、負けても 朝青龍

勝負!本物の大相撲

朝青龍が土俵に復帰しただけで国技館の空気が違うようだ。
初日の雰囲気はすでに13日目か14日目、いやもっと千秋楽にも匹敵する濃密な空気が充満していた。

二日目は、その濃密な重い空気が一気に爆発した。朝青龍が豪快に送り出され、土俵下まで飛ばされる相撲のため重い空気がぱちんと破裂したかのように座布団が舞った。

やはり、多くの人が朝青龍の負けを国技館に見に来ているのであろう。これだけわかりやすいヒールなら観る側にとっては最高のおかずに成りえるであろう。
とにかく「負けろ!」というムードに充ち満ちている。

しかし、なんとか2日以降は白星を重ねている。キレのある早い動きで相手を圧倒し土俵際まで上手にもっていく、その格闘のセンスはピカ一で「なるほど」と思わせるものがある。しかし、まだまだ横綱として地に足が着いていない状態とも言われているが・・・どうであろう、日を追う事にどっしりとした重い相撲をとってくるのではないだろうか。

良くも悪くも観客の満足度は朝青龍の一挙手一投足にかかっていることがはっきりと見てとれた。今場所、クンロク(9勝6敗)なら引退に二文字も・・・・あるかもしれない。
そう、なんだかんだ行っても初場所で「びしっと」仕込めば全く大丈夫なのである。

さて、どうだろうか。

二敗目を喫したところで、ちょっと休むことを考えはじめるであろう。

2008年1月14日 (月)

エベレストのヒラリー卿 逝く

エベレスト初登頂 英・ヒラリー卿

E・ヒラリーといえば小学校だったか社会科の教科書にも載っていたほどの人物で世界最高峰のエベレストの初登頂に成功した登山家として知られているし、確か社会科の試験にも出題されたんじゃないかな。

ヒラリーさんは少年時代は虚弱体質で体育が大嫌いでとりわけ跳び箱が苦手だったとか。
しかし・・・・その後強靱な肉体の持ち主となりエベレストアタック隊のメンバーになる。

ヒラリー家はニュージーランドで養蜂業を営んでいた。実に年間40トンのミツを生産し、花を追って移動する際に40㌔もある巣箱をトラックに積み込む重労働をこなすことで強靱な肉体が形成されていったのであろう。繁忙期には一日80箱を運ぶことがあったといわれている。

少年のころから稼業を手伝うことで強い足腰が鍛えられたというエピソードは洋の東西を問わない、あの鉄腕「稲尾」さんもまた少年時代に漁師であった父親を手伝い強靱な足腰が作られたという。

190センチの長身、故郷のニュージーランドで88歳の生涯を閉じた。

2008年1月12日 (土)

イチロー 初打ち!

イチロー 8年連続200安打へ

393fadbf.jpgイチロー始動!

マリナーズのイチローが2008年のスタートとして自主トレーニングをプレス公開した。例年通り神戸市内のオリックス室内練習場で行われ、「おお、今年もイチローが動き始めたな」という感のある正月トピックス、いや風物詩といえる。
昨年はオリックスの清原との合同自主トレが話題となったが今年はイチローの8年連続メジャー200本安打と日米通算3000本安打もあって話題としては〝マジ〟ネタに終始している。いつもマジ、いや真剣そのもののイチローであるがその求道者のごとく真面目に野球をする姿が素晴らしい、プロはこうでなきゃとイチローを見るとつくづく思ってしまう。
某テレビ局、ええ~いNHKやけどイチローの特集を見ながら驚き、そして感心させられたのは毎日のルーティーン(試合目の練習)をパーフェクトにやり遂げるイチローの姿を実にリアルにカメラが追いかけていたこと。
シーズン中の昼食、そうプロ野球選手のランチであるが・・・メニューというのが弓子夫人手作のカレー、カレーライスのみ、サラダもなければカレーにベタなトンカツやコロッケなどトッピングしない、野菜と肉入りかな?シンプルなカレーライスを毎日食べているというではないか、毎日同じカレーライスをイチローは食べてヒットを打ちまくり、レーザービームの送球をしている。
〝たかがカレー、されどカレー〟だ。しかも毎日、毎日同じカレーライスを同じ時間に食べている。7年間だぜ、もうカレーの○○から表彰されそうなほどカレーライスを食べまくりではないか。

イチロー本人は「同じカレーを毎日食べることが変ですか?世間に人は毎日同じメニューの昼食は食べない?」とさらりと言っていたけど、まあ毎日、毎日カレーライスを食べるのは一般的ではなくカレー屋さんだけだろう。サラリーマンではないはなしだ。
そしてご飯の量が少し多いと食べた後に「今日のはご飯が少し多かった」ときっちりコメントするのもいかにもイチローらしくて画面を見て笑ってしまった。
それにしても達人の領域に入っている人は、凡人とは確かに違う毎日カレーライスというところも達人だ。
凄いなあ、と思うのはまだあるリラックスするため自宅でDVDを見ているのだが何を見るのかというとフジテレビのドラマ「白い巨塔」を何度も繰り返し見ていて
「もう、70回は見てますよ」とこれもさらりと言ってのけた。
そのイチロー、ボクが個人的に願うのは今年と来年のあと2シーズン連続で200安打を達成してほしい。そうすればメジャーの歴史に「イチロー」の名前が燦然と輝くことになるから、9年連続の200安打は誰も達成したことのない領域だからね。

いや、もうイチローの名前は燦然と輝いているけどね。

2008年1月10日 (木)

ハニカミ プロ宣言

石川 遼 「プロの中で一番下手くそ」

20080110mog00m050027000p_size5 プロゴルファーに転向した石川 遼(16歳)、史上初の高校生プロの誕生に男子ゴルフ界だけでなくスポーツファンが「やるな」「ちょっと早いんじゃないのか」などと、夕刊紙を見ながらオヤジたちがそれなりの思いをめぐらせているだろう。

早いのか? それとも・・・
今が旬で「プロ宣言」するのは絶好の時なのか?
高校生でプロツアーに勝利し、3年間のシード権を保持できる状況だけに石川 遼の進路が注目されていた。しかし、周囲の不安をよそに本人の堅い意志で平成20年、16歳にしてプロデビューすることに決めた。
遅かれ早かれプロ入りするのだから華のある時期にプロになるのがプロらしくて正解なのではないだろうか。

テニスの世界ではフルオープン化されプロもアマチュアも境界が曖昧になっている。そのため16歳でのプロ入りは別に驚くべきことではない。全米オープン、全豪オープン、全仏オープン、全英オープンは文字通りオープンなので賞金を獲得できる。

Jリーグのサッカーでも高校生のユースからトップチームへ合流というのが当たり前に行われる。
今は日本代表の稲本もガンバ時代は高校生でトップデビューし一躍注目された。
ベルディ時代の森本も高校生ストライカーと話題となりイタリアへ移籍するほど実力が評価され活躍の場を見いだすことができた。

しかし、プロゴルフはどうだろうか、ハワイのミッシェル・ウイーが高校生でプロ宣言し、多大なスポンサーと契約することで「結果を出す」というプレッシャーに押しつぶされそうになっているのではないだろうか。
男子のレフティ、ミケルソンも学生時代にその才能と実力でプロ宣言するのかどうか周囲が注目したがジャック・ニクラウスの「大学を卒業してからでも遅くはない」というアドバイスでプロ入りを遅らせた経緯がある。

さて、プロ野球はどうかというと、昭和30年代には大阪、浪花商業の尾崎投手が17歳で高校を中退して当時の東映フライヤーズへ入団し豪速球で三振の山を築いたということがある。

石川 遼クン、いやもうプロになったのだから石川プロか、彼の場合はどうだろうか、これまでのインタビューや取材された記事などから推察するにかなりクレバーで精神的にもしっかりしているのではないだろうか・・・
しかし、しかしである、まだ16歳、高校生には違いない。
久々に登場した男子ゴルフ界の宝物だ。プロツアーと併行して高校生活もエンジョイしてほしいものだ。

天才プロゴルファー石川 遼。プロ宣言は〝お約束通り〟の発表である。

2008年1月 7日 (月)

東福岡 初優勝!

高校ラグビー 東福岡 悲願成る

花園に咲く!

高校ラグビー決勝戦。
東福岡と伏見工との対戦となりラグビーファンの注目を集めたゲームとなった。

高校ラグビーに関しては以前「高校ラグビーハイライト」(毎日放送)の番組・構成を担当していたのでボクも花園への思い入れは強い。

東福岡は過去に3度も決勝戦で苦杯をなめているので今回こそは悲願達成という意気込みは並々ならぬものがあった。
一方京都の伏見工業というと過去にも才能あるラガーマンを輩出していることと泣き虫先生として劇画「スクールウオーズ」のモデル高校であり、ラグビーを知らない人も知っているほどかなりの認知度がある。

ゲームは高校ラグビー史上に残る好ゲームといえた。
前半押し気味に進めた伏見工が東福岡の一発のターンオーバーで先制トライを奪われ
ゲームの主導権を握られる展開に・・・

惜しまれるのは序盤での伏見工の先制のチャンス、ゴール正面のPGを外し勢いに乗れなかったのではないだろうか。「あのPG外す?」、これが花園の決勝戦か、
と誰もが目を疑いたくなるキックのシーンであった、実に惜しい。

逆に東福岡も個人のポテンシャルが高く、持ち味のスピードラグビーで後半も伏見工を抑え、見事念願の初優勝を飾った。

ゲームを見ていて思うことは、高校生のラグビーはやはり最後はスタミナが勝負となる。あれだけ伏見工がボールを回し展開したにもかかわらず東福岡のディフェンス陣の足が止まらなかったこと。


だいたい後半の最後の最後になると足が止まりタックルが甘くなってゲインラインを突破されてしまうものであるがなかなかどうして最後のインジュアリータイムでもスタミナ充分で走る、走る、完璧な守りを見せ12-7のスコアで逃げ切った。

やはりラグビーは防御が基本と言うことを見せつけられたゲームだった。
それにしても「力」が入ったゲームに興奮を隠しきれず思わずテレビへ「行けエ~!」と声をかけてしまった。

伏見工、惜しかった。

2008年1月 5日 (土)

野茂 ロイヤルズとマイナー契約

野茂 カムバックへ!

野茂がカンザスシティー・ロイヤルズとマイナー契約した。
2月14日から始まるスプリングキャンプには招待選手として参加することが決定した。
「おお~、きたね」、待ちに待った野茂復活へのプロローグの始まりを感じる。

野茂本人のコメントは「怪我をせずに頑張りたいです」 by hideonomoホームページ

これで今シーズンのメジャーリーグは本当に面白くなってきた。桑田40歳、そしてメジャーの偉大な記録を作ってきたトルネードが戻ってくる。

キャンプでのニュースが楽しみになる。

2008年1月 2日 (水)

サッカー天皇杯

2008年 アントラーズで幕開!

五輪イヤーは鹿島の優勝で走り出す。

毎年、元日好例のビッグイベントは「天皇杯」。
アマチュア、プロを含めたサッカー界の総イベントの決勝戦が年の初めのスポーツのスタートとなる。

今年は「鹿島」の優勝で新年が始まった。
 第87回天皇杯の決勝戦が国立競技場で行われ、鹿島アントラーズが2-0でサンフレッチェ広島を破り、7大会ぶり3度目の優勝を果たした。J1リーグと合わせて今季2つめのタイトルとなった。

◇1月1日、国立
サンフレッチェ広島 0-2 鹿島アントラーズ
[鹿島] 内田篤人(8分)、ダニーロ(89分)

2008年はアントラーズの年になるのか、小笠原の移籍問題とか、
話題のも事欠かないシーズンにサポーターもワクワクした気分ではないだろうか。

さて、今日2日は「箱根駅伝」、これもお正月の好例イベントだ。
高校ラグビー、大学ラグビーと併行して〝ラグビー〟の全国大会が行われているが
ラグビー人気が少し気になるのも事実である。

さあ、今年、2008年もスポーツで一気に走り抜けよう!

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