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2009年8月17日 (月)

ウサイン・ボルト  9秒58

世界陸上 熱狂!

ベルリンで行われている世界陸上。

「世界一速い男」いや「世界一速い人間」とでも言うべきか

北京五輪で驚異的な走りで世界中を興奮させたジャマイカのウサイン・ボルトが

またまた世界中のスポーツファンの期待に応える走りをみせた。

9秒58

陸上男子100メートル、わずか10秒のあいだにこれほど集中力をもって見るスポーツはほかにはないだろう。

ルールを憶えることもない、

誰もがみればわかるシンプルな競技、だからこそ熱狂してしまうのであろう。

3年前の世界陸上 大阪大会では全く無名といっていいほどだったジャマイカのスプリンター ウサイン・ボルト、この大阪ではゲイに2メートルほど差をつけられ2位でフィニッシュしていたと思う。

あれから3年、世界中の人たちから注目されるトップアスリートになった。
やはりトレーニングと計画されたプラクティスは必要なんだね。

本人もいままでの努力の賜と言っているらしくボルトも練習するのか、と実感した。

2009年8月16日 (日)

松井 稼頭央 2000本安打達成

PL学園からメジャー!

元西武の松井稼頭央が日米通算安打2000本をマークした。

ヒューストン・アストロズの松井稼頭央は、アウエイでのミルウォーキー・ブリュワーズ戦に8番セカンドで先発出場。3回に内野安打を放ち、日米通算2000本安打(日本通算1433安打、メジャー通算567安打)を達成した。

 12日のフロリダ・マーリンズ戦で大台にリーチをかけながら、2試合足踏みが続いていた松井。この日は3回に迎えた第1打席でブリュワーズ先発のマイク・バーンズ投手が投じた3球目を打ち、ショートへの内野安打で日米通算2000本安打を記録した。

打撃・走塁・守備  野球でよくいう三拍子揃った好選手。松井は運動能力抜群のアスリートであり、他のスポーツをやっていても一流プレイヤーになっていたと思われる。例えばハンドボールをやったとしても、日本の宮崎選手と双璧といわれ恐らく世界のトッププレイヤーになっていただろう。

ラグビーなら小柄であるがウイングとかスクラムハーフで好選手になれたし、柔道でも・・・と様々なスポーツで活躍できる素材である。

それほど運動能力の高さを見せつけられるメジャーでのプレイである。

2009年8月15日 (土)

2016 五輪   野球  ソフトボール落選

アメリカ発信のスポーツ「ベースボール」「ソフトボール」は見送り。


それとは逆にヨーロッパ発信のスポーツ「ラグビー」(7人制)とゴルフが有力候補競技になった。

「国際オリンピック委員会(IOC)が2016年夏の五輪の追加競技として7人制ラグビーとゴルフを推薦した」と発表。


以前野球が五輪種目から外れる要因のひとつに試合時間の長さがあがっていた。ゴルフはどうなのか?

野球という競技の集客、そして会場の広さ・・・
ゴルフはどうだろう?

ラグビー、しかも7人制、これは見る競技としては展開も早くテレビ中継にもってこいかもしれない。

ゴルフのゴールドメダリストはタイガー・ウッズ。

もしかして、ニクラウスやワトソンなどレジェンドたちが五輪出場!というのもあるのかな? きっと盛り上がるだろう。

2009年8月 2日 (日)

フジヤマのトビウオ死す

古橋廣之進さんが世界選手権に沸くローマで亡くなられた。
80歳だった。

古橋さんは、戦後の復興期に競泳で世界記録を連発して日本人を勇気づけ、「フジヤマのトビウオ」と呼ばれた。

 1928年、静岡県雄踏町(現浜松市)で9人兄弟の長男として生まれ、小学6年生の時に学童新記録をマーク。
地元で「豆魚雷」の異名を取った。戦時中の勤労動員で作業中に左手中指の指先を失う事故に遭ったが、努力と創意工夫でカバー。日大在学中の48年夏、400、1500メートル自由形などで同年ロンドン五輪の優勝記録、世界記録を大幅に上回るタイムをマークした。

ロンドン五輪は太平洋戦争の戦争責任の一環で、水泳などの世界大会の出場停止、日本の謹慎処分で古橋さんは五輪に出場できず、全盛期の古橋が出場していたらと思うとスポーツファンとしては悔しくてならなかったという。

 49年、ロサンゼルスでの全米水泳選手権に出場し、自由形の中長距離種目で驚異的な世界新記録を連発。米国メディアに「フジヤマのトビウオ」と名付けられ、国内外の日本人を熱狂させた。
不運が重なり五輪に縁がなく、唯一出場した52年ヘルシンキ大会は400メートル自由形で8位だった。

そんな偉大なアスリートの足跡を調べ、10年か15年前だったか「フジヤマのトビウオ」のNHKのドキュメンタリーを食い入るように見つめた。ロンドン五輪で惨敗した古橋にNHKのアナウンサーが「古橋を責めないでください」と何度も連呼し絶叫したのを憶えている。

負けた選手を責めないで下さい、と実況するアナウンサーを今に至るも見たことがない。それだけ古橋のオリンピックでの負けが悔しくてならなかったのであろう。

負けて賞賛されるアスリートは「フジヤマのトビウオ」だけだ。

合掌

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